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宇都宮地方裁判所真岡支部 昭和50年(ワ)20号 判決 1976年4月15日

原告

鈴木武昌

ほか一名

被告

株式会社真岡自動車整備工場

ほか一名

主文

被告らは各自、原告鈴木武昌に対し金二七九万九、七八八円、原告鈴木ミツ子に対し金二五五万九、七八八円およびそれぞれ右金員に対する昭和四八年一月二九日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その四を被告らの負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告らは連帯して、原告鈴木武昌(以下原告武昌という)に対し金三三〇万五、三〇四円、原告鈴木ミツ子(以下原告ミツ子という)に対し金三〇六万五、三〇四円およびそれぞれ右金員に対する昭和四八年一月二九日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする。との判決および右金員支払の点につき仮執行の宣言。

二  被告ら

原告らの各請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする、との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

被告水沼稔(以下被告水沼という)は、昭和四八年一月二七日午後三時三〇分ころ、普通乗用自動車(栃五五み三三七五、以下被告車という)を運転して、真岡市熊倉町三、六一二番一二先道路(以下本件道路という)を東進中、右道路を被告車の進行方向左側から右側に向つて横断歩行中の鈴木まゆみ(当時四年八月、以下まゆみという)と衝突し、その結果、まゆみは頭部外傷の傷害を負い、約四時間後死亡した。

(二)  責任原因

1 本件事故は、被告水沼が時速六〇キロメートルで進行中、前方注視義務を怠り、脇見運転をしていたため、前方を横断中のまゆみに気付かず、自車前部を衝突させてはじめて急制動の措置をとり、約三〇メートルひきずつたものであり、被告水沼は民法七〇九条により右不法行為により生じた損害を賠償する責任がある。

2 被告株式会社真岡自動車整備工場(以下被告会社という)は、訴外株式会社鋼板加工センターから同社所有の被告車の修理を委託されて保管中のところ、被告会社の従業員である被告水沼が被告車を運転したものであるから、被告車を自己のために運行の用に供したものであり、自動車損害賠償保障法三条により本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

本件事故によりつぎのような損害が生じた。

1 逸失利益

まゆみは本件事故当時四年八月の健康な、通常以上の智能を具えた女児で、父である原告武昌はふとん製造販売業を営むので、本件事故がなければ、まゆみの素質、家庭環境および将来の学校教育の普及に照らすと、少くとも高校修了程度の教育を経ることは確実であり、生存年限の伸長とともに社会の進歩による勤労条件の改善により、満六七才まで稼働が可能であるから、満二〇才から満六七才まで稼働して、その間、労働省昭和四八年度賃金構造基本統計調査報告第一巻第二表中女子労働者旧中、新高卒企業規模計による給与額相当の収入を得ることができ、その間生活費として収入の五〇パーセントの支出があるものとしてこれを控除した所得を得ることができ、これを一時に請求すると、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、別表記載のとおり、その現在価額は八九一万三、二六二円となり、まゆみは本件事故により右の得べかりし利益を喪失したことになる。

原告武昌はまゆみの父、原告ミツ子は同じく母としてそれぞれ相続により右金員の二分の一にあたる四四五万六、六三一円宛の損害賠償請求権を取得した。

2 葬儀費用

原告武昌は葬儀費用として三〇万円を負担した。

3 慰藉料

まゆみは原告らの間の唯一人の子であり、一瞬にしてその子を奪われた原告らの精神的苦痛は到底金銭に換え難いものであるが、強いて金銭をもつて慰藉するとすれば、それぞれ二五〇万円をもつて相当とする。

(四)  本件事故の発生には、まゆみにも左右の安全確認を怠つて横断した過失があり、その過失割合はまゆみ二、被告水沼八とみるのが相当であるから、右割合により過失相殺した額を前記損害額から控除する。

(五)  損害の填補

原告らは本件事故に関し自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の支払を受けたので、相続分に応じそれぞれ二五〇万円を前記損害賠償請求権に充当する。

(六)  結論

よつて、原告らは、被告らに対し連帯して、原告武昌は前記損害金合計三三〇万五、三〇四円、原告ミツ子は同じく三〇六万五、三〇四円およびそれぞれこれに対する本件事故発生後である昭和四八年一月二九日から支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)項は、原告ら主張のとおり事故が発生しまゆみが死亡したことは認めるが、死因は不知。(二)項は、被告水沼に原告ら主張の過失があることおよび被告会社に運行供用者責任があることは争う。(三)項は、原告らとまゆみの身分関係および原告武昌がふとん製造販売業を営んでいることは認めるが、その余の事実は不知。(四)項は、過失の割合は争う。(五)項の事実は認める。

三  被告らの主張および抗弁

(一)  主張

まゆみの稼働開始期までの養育費を逸失利益損害額から控除すべきであり、その養育費は一ケ月金一万円が相当であり、満四才八月から満二〇才までの教育費用額をホフマン方式により年五分の中間利息を控除すると、その現価は、

10,000円×12×11.536=1,384,320円

となる。

(二)  抗弁

1 過失相殺

本件事故は、原告武昌がふとんを客の家に配達するため自動車に積み、まゆみを同乗させて、一軒目の家に配達し、一旦自宅に戻り、自動車を自宅反対側の本件道路上に停め、まゆみを自宅前に降ろし、二軒目の客の家に配達に行こうとして、停めてあつた自動車に戻るべく本件道路を横断したため、置き去りにされたまゆみがそのあとを追つて道路上に駈け出したことにより生じたものであり、被告水沼としては避け得なかつたものである。かかる場合、原告武昌としては、まゆみが道路に飛び出したりして事故を起すことのないように注意すべきであつたのである。以上によると、過失の割合はまゆみ七、被告水沼三とするのが相当であるが、被告水沼の過失を多く見積つても、その割合は五を越えることはない。右まゆみの過失は本件損害賠償額算定に斟酌されるべきである。

2 弁済

被告会社はまゆみの葬儀にあたり香奠として三〇万円を支払つたから、右金額は葬儀費用に充当されるべきである。さらに、被告会社は、まゆみの葬儀にあたり花輪五、〇〇〇円、生花一万円、果物盛かご五、〇〇〇円を供え、昭和四八年四月二日仏前に菓子一、〇〇〇円を供えたから、右合計二万一、〇〇〇円は慰藉料に充当されるべきである。

四  抗弁に対する原告らの答弁

過失相殺の抗弁は争う。弁済の抗弁については、被告ら主張のとおり香奠三〇万円および供物二万一、〇〇〇円を受領したことは認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

昭和四八年一月二七日午后三時三〇分ころ、被告水沼が被告車を運転して真岡市熊倉町三、六一二番一二先道路を進行中、被告車の進路前方を左から右へ横断歩行中のまゆみと衝突し、その結果、約四時間後まゆみが死亡したことは当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  成立に争いのない甲第二ないし第六号証、原告本人武昌および被告本人水沼各尋問の結果を総合すると、つぎのような事実が認められる。

本件道路は、真岡市八木岡から同市台町方面に通じ、歩車道の区別があり、車道幅員一一・〇五メートル、アスフアルト舗装の平担な道路で、本件事故現場付近は交通規制や横断歩道などの安全施設はない。八木岡方面から進行してくると、本件事故現場から台町方面に向つてはゆるい右カーブをしているが、本件事故現場にいたるまでは見通しは良く、二〇〇メートル位手前から見通しはきく。なお、本件事故現場付近道路右側は農地、左側は、事故現場真向いに原告ら居宅があり、その両側は空地になつている。なお、本件事故当時路面は乾燥していた。当時、原告武昌は、真岡市内の製綿所に用事があつて自家用普通貨物自動車にまゆみを乗せて赴き、用事を達して戻り、進行方向八木岡方面に向つて自宅ほぼ真向いの本件道路車道左端に右車を停め、原告らの居宅前の歩道上でまゆみと同年輩頃の子供二、三人が砂遊びをしていたので、まゆみを降ろし、道路を横断してまゆみを子供達と一緒にしたうえ、右車に戻るべく道路を横断した。一方、被告水沼は、被告車を運転して八木岡方面から台町方面に向つて本件道路中央線左側を時速約七〇キロメートルで進行してきて、本件事故現場約一〇〇メートル手前の丁字路交差点を安全を確認しながら通過し、本件事故現場約六〇メートル手前で約五四、五メートル右前方に原告武昌が停めておいた前記車およびその左側(被告水沼の進行方向からみて)後方に横断歩行中の原告武昌を認め、それらに注視しながら約四〇メートル進行したとき、約二〇メートル前方、左側歩道から約三・二メートルの車道上に、道路を左側から右側に向つて横断しようとして、まゆみが進出している(その模様については後述)のを発見し、急制動をかけたが及ばず、まゆみが約一・〇五メートル進んだ地点で被告車左前部をまゆみに衝突させ、被告車は衝突地点から約二〇メートル進んで停止し、まゆみははね飛ばされて衝突地点から約二〇メートル前方に倒れた。衝突のとき原告武昌は歩道上に達していたが、まゆみが横断してくることには気付いていなかつた。まゆみは頭部外傷を負い、直ちに病院に運ばれたが、死亡した。

右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によるとまゆみは当時原告武昌のあとを追つて車道に進出したものと認められるが、その進出の模様については、被告水沼は、まゆみを発見した際の同人の様子について、警察官に対しては駈足であつたか歩きであつたかよく判らないと述べ(甲第四号証)、検察官に対しては駈足か歩きかはつきり判らないが駈足だつたと思うと述べ(甲第六号証)、本人尋問の結果中では駈足でもゆつくりでもなく速足程度だつたと思うと述べ、被告水沼の供述によつてはにわかに断定し難く、そのほかまゆみの進出の際の模様を明らかにするに足りる適確な証拠はないが、当時のまゆみの速度については、被告水沼は前方約二〇メートルの位置にまゆみを発見し、急制動をかけたが、まゆみが約一・〇五メートル進んだ地点で衝突したのであるから、被告車の時速が七〇キロメートル(秒速一九・四メートル)であつたことからすれば、約二〇メートル進むのにはほぼ一秒を要する(それまでは制動の効果は殆んど発生しないといえる)といえるので、まゆみが約一・〇五メートル進むのにほぼ一秒要したことになるから、まゆみは駈足(四年八月の児童の駈足の速度は秒速二・五メートル前後と考えられる)とまではいかず、普通の歩行速度(四年八月の児童の普通の歩行速度は秒速一メートル足らずと考えられる)よりやや速い程度であつたと推測される。

以上認定の事実に基づいて考察すると、まゆみと被告車が衝突したのは歩道から約四・二五メートルの地点であるから、まゆみが車道に進出して衝突するまで約四秒要したことになり、まゆみが車道に進出したとき、被告車の位置は衝突地点から約七八メートル手前であつたといえるので、被告水沼が前方左右の注意を怠らなかつたならば、当然まゆみをその時点において発見し、ブレーキ操作によつて避譲できたといえる。ただ、衝突地点はともかくとして、被告水沼が最初にまゆみを発見したときのまゆみの歩道からの位置については、とつさのことで必ずしも正確とはいえない場合もあるので、そのときのまゆみの位置をもつと歩道寄りの地点としてみると、まゆみの速度はもつと速くなるが、駈足に近い速度として歩道から車道に進出し衝突地点にいたるまで二秒要した(この場合の秒速は約二・一八メートルとなる)としてみると、その場合、まゆみが車道に進出したとき、被告車は衝突地点の手前約四〇メートルの位置にいたことになる。そうすると、被告水沼が左前方の注意を怠らなかつたならば、その時点において急制動すること(あるいはハンドル操作)によつて、衝突を避けられたか、たとえ衝突したとしても、まゆみの傷害はさほど重大なものではなかつたといえる。

以上によれば、被告水沼は、右前方に原告武昌が停めておいた自動車および原告武昌を認めたとき、右自動車は道路端に停めてあつたのだし、原告武昌は中央線を越えて右側歩道に近づきつつあつたのであるから、被告車の進行には何ら危険はなかつたのであるのに、右のものらに気をとられて、前方および左前方の注意を怠つて進行したため、まゆみの発見が遅れ、前方約二〇メートルに近づいてはじめてまゆみに気付き急制動したが及ばなかつたものである。なお、さらに言うならば、被告水沼が進行中前方左右の注意を尽していたならば、早くから左前方歩道上にまゆみら子供三、四人が遊んでいるのを発見し、まゆみらの動静を注意しながら進行することによつて、まゆみの動静に対処した避譲の処置をとることができたといえるのである。また、速度が法定速度(時速六〇キロメートル)を越えていなかつたならば、避譲はより容易であつたといえるのであるが、たとえ二〇メートルの距離において急制動した場合でも、衝突は避けられなかつたとしても、事故の態様は異り、死亡という結果にはいたらなかつたのではないかとも考えられるのである。

結局、被告水沼には、法定速度を越える時速七〇キロメートルで進行し、右前方の停車車両および道路横断中の原告武昌に気をとられ、前方および左前方の注意義務を怠つた過失があり、本件事故は右過失に基因するというべきであるから、被告水沼は民法七〇九条により本件事故より生じた損害を賠償する責任がある。

(二)  甲第四号証および被告本人水沼尋問の結果によると、被告水沼は被告会社の従業員であり、本件事故当時、被告車は被告会社が客から修理を委託されて保管中のものであつたが、被告会社に自動車の修理の依頼に来た他の客を送るため、被告水沼が被告車に客を乗せ送つて行つた帰途本件事故を起したものであることが認められ、これに反する証拠はない。してみると、本件事故時において被告会社は被告車を自己のために運行の用に供していたというべきであるから、自賠法三条により本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

三  過失相殺

前述の事故の態様からすると、本件事故の発生には、まゆみが原告武昌のあとを追つて左右の交通の安全を十分に確認することなく本件道路を横断しようとした行為にも原因があるものと認められるのであるが、まゆみは当時四年八月の幼児であり、交通の危険に対する事理弁識能力は具えていなかつたというべきであるから、まゆみに過失相殺能力を認めることはできない。しかし、原告武昌がまゆみを歩道上で遊んでいる子供達と一緒にさせた行為自体には咎められる点は認められないが、原告武昌は、自動車で用事に行くのにまゆみを同乗させ、用事が終つて戻り、まゆみを子供達と一緒にさせて、再び自動車で出かけるべく停めてあつた自動車に戻ろうとしたのであり、そのような場合幼児は再び自動車に同乗したいなどの気持からあとを追うことは容易に考えられるのであるから、まゆみが交通の危険を省みないで道路を横断することのないようによく言つてきかせるなり、子供達との遊びにとけこむまで待つなりしてから横断して、事故を未然に防止すべき監督義務があるというべきであるのに、そのような配慮をしたことは窺われないから、原告武昌にはまゆみに対する監督義務を怠つた過失があり、原告ミツ子も共同監督義務者として武昌とともに過失責任を負うべきであり、右原告らの過失が本件事故発生につながつたものといえるから、結局被告らの過失相殺の抗弁は理由がある。

そして、過失の割合は、まゆみ側二、被告水沼八とするのが相当である。

四  損害

(一)  逸失利益

厚生省昭和四八年度簡易生命表によると満四才の女子の平均余命は七二・九九年であることが認められるので、まゆみは右年令まで生存し(原告本人武昌尋問の結果によるとまゆみが健康な子であつたことが認められる)、その間、当事者間に争いのない原告武昌の職業および原告本人武昌尋問の結果により原告らの家族は同人らとまゆみの三人であつたことならびにまゆみは通常の知能を具えた子であることが認められることからすれば高校卒業程度の学校教育を受け、満一八才から満六七才まで四九年間稼働することが可能であり、労働省昭和四八年度賃金構造基本統計調査報告によると、同年度における全産業女子常用旧中、新高卒労働者の平均きまつて支給される年間給与額は七二万三、六〇〇円(月額六万〇、三〇〇円)、平均年間賞与その他特別給与額は一七万七、一〇〇円であることが認められるので、まゆみは右稼働可能期間中右金額程度の収入を挙げることができるものといえるが、その間生活費として右収入の五〇パーセントの支出があるものとみるのが相当である。そうすると、まゆみは本件事件により右の割合による利益を喪失したものというべく、これを一時に請求するものとすると、年別ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、その価額は、

900,700円×0.5×(63年の係数28.0865-14年の係数10.4094)=7,960,881円(円未満切捨)

となる。

そして、前記まゆみ側の過失を斟酌すると、右価額より二割控除した六三六万八、七〇四円(円未満切捨)が逸失利益損害額となり、原告らはまゆみの父母として、それぞれ右損害賠償請求権の二分の一にあたる三一八万四、三五二円宛を相続により取得したことになる。

ところで、被告らはまゆみが稼働可能になるまでの養育費を逸失利益損害額から控除すべきであると主張するところ、本件のような場合、被害者の相続人は、被害者の死亡による逸失利益損害賠償請求権を相続するとともに、被害者に対する養育費の負担を免れるのであるから、損益相殺の法理により、負担を免れる養育費を右損害賠償請求権から控除するのが相当といえる。そして、原告らの職業、家庭の状況その他諸般の事情を考慮すると、まゆみの養育費は満一八才にいたるまで平均一ケ月一万円、一ケ年一二万円とするのが相当であるので、その間支出したであろう総額を年別ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は、

120,000円×10.4094=1,249,128円

となる。

そして、右養育費の負担割合は原告ら二分の一宛とするのが相当である。

結局、原告らの取得する逸失利益損害賠償請求権はそれぞれ二五五万九、七八八円となる。

(二)  葬儀費用

原告本人武昌尋問の結果によると、原告武昌はまゆみの葬儀費用として五〇万円を越える金額を支出したことが認められるところ、原告武昌が請求する三〇万円の葬儀費用額は相当額といえるから、原告武昌は三〇万円の葬儀費用損害賠償請求権を有する。

ところで、被告らは、被告会社においてまゆみの葬儀にあたり香奠として三〇万円を支払つたから、右金額は葬儀費用に充当されるべきであると主張する。一般に香奠は遺族に対する贈与とみるべきであるが、ただその金額が遺族の社会的地位に照らして儀礼的範囲を越える場合は、葬儀費用に対する弁済とみるべきである。これを本件についてみると、右三〇万円支払の事実は原告武昌において自白するところであるが、原告本人武昌尋問の結果によると、被告らが香奠として支払つたのは、被告会社において一〇万円、被告水沼において二万円であることが認められ、右自白は錯誤に出たものと推測されるのであるけれども、原告らにおいて右自白を撤回していない。しかし、右の実情を斟酌し、そのほか本件事故の態様および原告らの家庭事情等に照らすと、被告会社が支払つたとされる香奠は陳謝と哀悼の気持に出た贈与とみるのが相当であるから、被告らの葬儀費用弁済の抗弁は理由がなく、採用できない。

したがつて、原告武昌は三〇万円の葬儀費用損害賠償請求権を有するところ、前記過失割合を斟酌すると、二四万円となる。

(三)  慰藉料

原告本人武昌尋問の結果によると、まゆみは原告らのただ一人の子であるとともに、ミツ子の体質からして原告らが子を儲けることは将来も望み難いことが認められること、その他本件事故の態様、過失の割合等一切の事情を考量すると、原告らの精神的苦痛を慰藉するには、それぞれ二五〇万円をもつて相当とする。

なお、被告会社が二万一、〇〇〇円相当の供物を供したことは当事者間に争いはなく、被告らは右金額は慰藉料に充当されるべきである旨主張するが、右程度の供物は社会的儀礼の範囲にとどまるものというべきであり、慰藉料の弁済とみるべきではない(なお、原告本人武昌尋問の結果によると、香奠のほかに被告らが提供したのは、見舞金五万円、花輪や果物かご、そのほか初盆のとき一万円であることが認められるが、右金額としても、右程度のものは社会的儀礼の範囲にとどまる)。したがつて、被告らの慰藉料に対する弁済の抗弁は理由がなく、採用できない。

五  損害の填補

原告らが本件事故に関し自賠責保険金五〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いはないから、右金員は二分の一宛原告らの前記損害賠償請求権に充当される。

六  結論

よつて、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告武昌において金二七九万九、七八八円、原告ミツ子において金二五五万九、七八八円およびそれぞれ右金員に対する本件事故発生の後である昭和四八年一月二九日から支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、それぞれその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜野邦)

逸失利益計算表

<省略>

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